Story of Changing in facial expressions
顔語り
-女面は揺らぐー
ゆらゆら、ゆらり。
女面の揺らぎに心奪われ、女面ばかりを手掛けています。
なぜ女面は揺らぐのでしょう。
それは能面特有の表情変化によるもの。
能面は、翁(おきな)・尉(じょう)・鬼神(きしん)・男面・女面の5つのグループに分けられますが、表情の変化はその中でも女面に顕著にみられる特徴です。
なぜ表情が変化するのかと言えば、顔の角度や光の当たり具合で表情が変わるように、上瞼と下瞼の角度や眼球の曲面など細部に様々な技巧が施されているため。
数百年前の能面師が編み出した匠の技がこうして今も連綿と受け継がれています。
揺らぎというのは表情の変化であり、表情が変化するということは、そこに流れゆく時間があり、感情の動きがあり、物語があるということ。
この女面の揺らぎが、見る者の心を揺さぶってやまないのです。
能面『逆髪(さかがみ)』 生まれついての逆立った髪から虐げられ、流浪の人生を送る不遇の姫君。
能面『増女(ぞうおんな)』 増阿弥(ぞうあみ)が創出したと伝えられることから「増女」と呼ばれる。天女や神女、身分の高い女性の役に用いられる品格の高い面。
能面『泥眼(でいがん)』 眼に金泥(きんでい)を塗ってあることから『泥眼』と呼ばれる。 金色の眼はこの世のものではない超自然的な存在を表している。嫉妬に狂う女性の生霊の他、菩薩の役にも用いられる。
能面『老女小町』 絶世の美女といわれた小野小町の晩年の姿。老いてなお美しさと品格をもつ面。
ー顔語りー
顔が語る「顔語り」。
能面は敬意をもって「おもて」と呼ばれます。「おもて」とは、「顔」の意です。能舞台で物語を紡ぐ能面は、単に素顔を隠すための仮面ではなく、まさに人の「顔」なのです。
人の顔をしたお面だからと言って能面のように表情が変化する面は、世界中を見渡しても他に類を見ないのではないでしょうか。例えば、能面は、面の角度を上に傾けると上を見上げ、下に傾けると視線を落とします。これは当たり前のことのように思えるかもしれませんが、そうではありません。
実際にご自分の眼でやってみていただけるとわかると思います。
眼球やまぶたを動かさずに首だけ上や下に傾けます。動かした分だけは視界が移動するでしょうが、上を見上げるにはそこからまぶたを持ち上げ眼球の黒目を上方にあげなければならないですし、床に視線を落とすにはまぶたを下げ眼球の黒目を下方に移動させなければそうはなりません。
まぶたや眼球を動かすことができない木彫りの面がこのように視線の行き先を難なく変えるのも、表情を変化させる仕掛けの内の一つです。
表情の変化は感情の変化を表し、感情の変化があるということはそこに物語があるということ。能面は顔の中に物語を秘めた存在なのです。